- 「メンタルヘルスの分野で認知行動療法という言葉をよく聞くけど、いったいどんなものなの?」
- 「毎日ストレスばかりが溜まって心が疲れてしまった…」
このような疑問・お悩みをお持ちの方のために、今回は認知行動療法(CBT)について紹介します。
認知行動療法の意味や効果、ひとりでできる実践方法などをわかりやすく説明します。
目次
認知行動療法(CBT)とは?
認知行動療法(Cognition Behavior Therapy)とは、ストレスに直面したときに、自分の「認知」と「行動」の側面から自己改善をして気持ちを楽にする精神療法です。
もともとは1970年代にアメリカの精神科医であるアーロン・ベック博士が、うつ病の治療法として開発しました。
日本では1980年代後半から注目され、2010年4月には厚生労働省から保険診療として認可されています。
認知行動療法は精神疾患の治療だけでなく、日常のストレス、悲しみや不安などのさまざまな負の感情を緩和させます。
また、日常のメンタルトレーニングとしても用いられています。
ストレスとは
「ストレス」という言葉を私たちは日常的に使用しますが、実はこの言葉の定義は非常に難しいです。ここではストレスを「ストレス状況(ストレッサー)」と「ストレス反応」に分けて説明します。
1.ストレス状況(ストレッサー)
ストレス状況(ストレッサー)とは、以下に分類されます。
- 物理的ストレッサー:物理的環境刺激によるもの。(例)光・騒音・温度など
- 科学的ストレッサー:化学物質による刺激。(例)アルコール・タバコ・公害物質など
- 生物的ストレッサー:生体の免疫反応を引き起こす刺激。(例)アレルギー反応・インフルエンザなどのウイルス・細菌など
- 心理的ストレッサー:仕事や家庭など、日常生活の中で生じるもの。(例)人間関係・社会的立場・感情など
2.ストレス反応
ストレス反応とは、ストレス状況が個人に与えるさまざまな影響や、個人の中に引き起こされたさまざまな反応(例:ストレスが溜まっている感じ、しんどい などの感覚)のことです。
ストレスの具体例
前項でストレスを2つに分けて説明しましたが、それをもとに具体的なストレスの原因を紐解いていきます。
【例1-Aさんの場合】
Aさんは子育てをしながら家事をこなす専業主婦です。Aさんは以下のようなストレスを抱えています。
ストレス状況(環境)
・家の中がどこもかしこも散らかっている
・子どものおもちゃが散乱していて、足の踏み場がない
・洗濯物をたたむ時間がなく、そのままになっている
ストレス反応(個人)
- 「自分には家事能力がない」と思い落ち込む
- 「子どものしつけがちゃんとできていないからこんなに散らかるのだ」と思い落ち込む
- 「私は主婦としても母親としても失格だ」と思い落ち込む
このようにAさんにとってのストレス状況は「家の中が散らかっている」という物理的ストレッサーのようです。
Aさんはそのようなストレス状況に対し、その原因が自分にあるのだと思い込み、落ち込むというストレス反応を起こしています。
【例2-Bさんの場合】
Bさんは友達とシェアハウスをしながら生活している会社員です。Bさんは以下のようなストレスを抱えています。
ストレス状況(環境)
- 同居している友達とBさんの家事分担が平等でない
- いくら掃除しても毎回友達に部屋を汚され、Bさんが片付けている
- いつも共有スペースを占用され、テレビを見たくても見られない
ストレス反応(個人)
- 「どうして自分ばかりが家事をしなければならないのか」とイライラする
- 「毎日部屋を汚すのなら、自分で片づけてほしい」と思い怒っている
- 「共有スペースなのだから、たまには譲ってくれればいいのに!」と不満を持っている
このようにBさんにとってのストレス状況は「同居中の友人との関係」という心理的ストレッサーのようです。
Bさんはそのようなストレス状況に対し、その原因が友人にあるのだと思い、憤るというストレス反応を起こしています。
以上の例のようにストレスにはさまざまな種類があり、ストレス状況とストレス反応に分けて考えることで原因を紐解けます。
認知行動療法の基本モデル
ここからは認知行動療法の基本モデルについて説明します。
認知行動療法の4つの領域
認知行動療法の基本モデルでは、ストレス反応を「認知」「気分・感情」「身体反応」「行動」の4つの領域に分けて理解しようとします。
1.認知:頭の中に浮かぶ考えやイメージ
決してネガティブなもの(例:どうして自分ばかり、もうすべてがどうでもいい など)だけではなく、ポジティブなもの(例:今日食べたランチがおいしかった、きれいな夕日だな など)も、ニュートラルなもの(例:明日は掃除をする予定だ 夕食の買い物に行こう など)もすべて含まれます。
また、言葉による考えだけでなく、映像などによるイメージ(記憶など)も含まれます。
2.気分・感情:心で感じるその時々の感覚や気持ち(例:うれしい、楽しい、緊張、不安、疲れた など)
3.身体反応:身体に現れるあらゆる生理的な反応(例:動悸、頭痛、くしゃみ、涙が出る など)
4.行動:外側から見てわかる人の振る舞い(例:歩く、座る、目を閉じる、質問する など)
3.身体反応:身体に現れるあらゆる生理的な反応(例:動悸、頭痛、くしゃみ、涙が出る など)
4.行動:外側から見てわかる人の振る舞い(例:歩く、座る、目を閉じる、質問する など)
認知行動療法の基本モデルを活用する中で最も重要なのは、体験を相互作用的・循環的にとらえることです。ストレス状況とストレス反応は相互作用しており、「ストレス状況→ストレス反応」の流れもあれば、逆の「ストレス反応→ストレス状況」の流れもあります。また、先に説明したストレス反応の4つの領域も同様に相互作用しています。
認知の種類
認知には「自動思考」と「スキーマ」の2種類があります。
1.自動思考
浅いレベルの認知を自動思考といいます。自動思考は朝から晩まで、私たちの頭の中に浮かんでは消えてを絶えず繰り返すのです。
また、自動思考は私たちの無意識下で浮かんでは消えていくという特徴をもちますが、少し意識すれば容易につかまえられます。
2.スキーマ(信念、思い込み、ものの見方、価値観)
深いレベルの認知を「スキーマ」といいます。スキーマは個人にとってあまりにも当たり前な信念やものの見方なので、スキーマ自体が意識の表面に自動思考として浮かんでくることはめったにありません。
しかし、一個人がもつスキーマが万人にとって当たり前というわけではなく、人それぞれ個々のスキーマが存在します。
認知のゆがみ
人間には実際のストレス状況と自分の認知にズレが生じる場合があります。これを「認知のゆがみ」といいます。
認知のゆがみが発生すると、感情の混乱を起こしマイナスな考え方にとらわれてしまいます。
認知のゆがみには以下10パターンの定義があります。
認知のゆがみが発生すると、感情の混乱を起こしマイナスな考え方にとらわれてしまいます。
認知のゆがみには以下10パターンの定義があります。
- 全か無か思考:物事を白か黒のどちらかで考える思考法。少しでもミスがあると、完全な失敗と考えてしまう。
- 一般化のしすぎ:たった1つでも良くない出来事があると、世の中すべてがよくないと考える。
- 心のフィルター:たった1つの良くないことに対しこだわり、くよくよ考え、現実を見る目が暗くなってしまう。
- マイナス化思考:なぜか良い出来事を無視してしまい、日々の生活をすべてマイナスで考える。
- 結論の飛躍:根拠もないのに悲観的な結論を出してしまう。
- 拡大解釈(破滅化)と過小評価:自分の失敗を過大に考え、長所を過小評価する。逆に他人の成功を過大評価し、他人の欠点を見逃す。
- 感情的決めつけ:「自分の憂鬱な感情は現実をリアルに反映している」と考える。
- すべき思考:何かやろうとするときに「~すべき」「~すべきでない」と考える。
- レッテル貼り:「一般化のしすぎ」を極端にしたもの。ミスをした際に、どうミスをしたかを考える代わりに自分にレッテルを貼ってしまう。
- 個人化:何か良くないことが起こったとき、自分に責任がないような場合にも自分のせいにしてしまう。
この定義をもとに、先ほど例示したAさんのケースを考えてみましょう。
Aさんのストレス状況は「家の中が散らかっている」という物理的ストレッサーでした。それに対し、Aさんはかなりネガティブなストレス反応(認知)を起こしています。
ここで考えるべきは、Aさんの認知が本当に正しいのかどうかです。
「自分には家事能力がない」とありますが、実際のストレス状況は「家の中が散らかっている」ことです。つまり他の家事、料理や洗濯、掃除、子育てなどはしっかりこなしていると推測できます。このストレス反応は「結論の飛躍」に該当します。
「子どものしつけがちゃんと出来ていないからこんなに散らかるのだ」この認知はどうでしょう。子どものしつけと一言でいっても、さまざまなものがあります。「子どものおもちゃが散乱している」これは事実です。しかしそれが「しつけがちゃんと出来ていない」という認知とイコールになるでしょうか。答えは恐らくNOでしょう。このストレス反応は「マイナス化思考」「結論の飛躍」に該当します。
最後に「私は主婦としても母親としても失格だ」という認知ですが、これは完全に認知のゆがみです。「家の中が散らかっている」だけで、Aさんは主婦としても母親としてもその役割をしっかりこなしていると推測できます。このストレス反応は「全か無か思考」に該当します。
以上のように、実際に起こっているストレス状況と認知のズレが認知のゆがみです。
コーピング
自分を取り巻くストレス状況を改善したり、ストレス状況によって生じたさまざまなストレス反応を緩和したりするために、なんらかの対処を意図的にすることをコーピングと呼びます。コーピングは認知行動療法における最重要概念です。
コーピングについて詳しく知りたい方は、以下参考ページをご覧ください。
認知行動療法の効果
アメリカでは、精神疾患の治療について、「薬物療法が最も効果的な治療である」という考えが広く一般化され信じられていました。しかし、ここ20年間で実施された研究結果と薬物療法の結果は一致していません。これらの研究から、認知行動療法が薬と同等かそれ以上に効果を発揮していると示されました。
実際に認知行動療法では、実施後に以下のような効果をもたらします。
- 症状の理解:なぜ憂鬱なのか、どうしたら気分が良くなるか等の理由を与え、「正常」と「異常」な気分の区別ができる。また症状に対する混乱がどの程度重症なのか、診断が可能。
- 自己コントロール:混乱したときの安全で有効な対処法が学べる。
- 予防:うつ傾向にある患者の性格を見直すことで、感情の動揺を予防する。
認知行動療法の実践方法
ここまでの認知行動療法の知識を踏まえたうえで、実践方法について紹介します。
思考記録法
- ストレスの原因となる出来事や、その時に生じた感情や感情の強さなどを紙に書き出す。
- 紙に書き出したものを見つめ直し、認知のゆがみがないか確認していく。
- 実際のストレス状況と認知のゆがみがあった場合、他にどのような考え方ができるか検討し、紙に書き出す。
- 今の自分の気分を紙に書き出す。
下図は思考記録法のテンプレートです。ぜひ実践の際にご活用ください。
思考記録法 実践用紙 (289KB) |
認知行動療法の注意点
感情を整えるために便利な認知行動療法ですが、注意点もあります。
1.精神疾患を罹患し治療中の場合、必ず主治医に相談し許可を取ってから始める
認知行動療法はとても役に立つメンタルトレーニングですが、症状や状態によっては逆に負荷がかかり、症状や状態がむしろ悪化することもあります。とくに精神疾患を罹患し治療中の方は、必ず主治医に相談しましょう。
2.認知行動療法に即効性はないため、根気強く取り組む必要がある
認知行動療法は他の心理療法と比較すれば、進みが速く効果が出やすいと言われています。だからといって、即効性を求めてはいけません。あくまでも「他の心理療法より効果が出るのが速い」だけですので、長い目で見て根気強く取り組みましょう。
3.ストレス体験を対象にするため、時には痛みを伴う場合もある
認知行動療法に限らずあらゆる心理療法は、最終的に個人の困りごとや問題の解消、その結果心が楽になったり生きやすくなったりすることを目指します。しかし、それはあくまで最終目標であり、そこに到達するまでに数々の痛みを伴う場合があります。
たとえば認知行動療法では、ストレス状況を思い出す作業が必要です。そのときに感じた辛い感情を再度呼び起こしてしまう可能性もあります。自分のペースで無理せずに実施しましょう。
日常の中に認知行動療法を取り入れよう!
重い精神疾患を抱えていなくても、私たちは常日頃ストレスを感じています。
そのようなストレスを緩和するためにも、ぜひ日常の中に認知行動療法を取り入れてみてください。
また、メンタルヘルス不調全般や職場でのメンタルヘルス対策にご興味のある方には、以下のページもオススメです。